大学受験や定期テストに出るかもしれない世界史-「中国文化③実学史」編

はい、どうもです。

 

ここでは、定期テストや大学受験で出題されるであろう内容をまとめております。

 

今回は「中国文化③実学史」編です。それでは見ていきましょう。

 

 

 

 

Ⅰ.歴史学

(1)『春秋』
孔子の編纂といわれる魯の国の年代記
・『左氏伝』『公洋伝』『穀梁伝』の3つの注釈文が残される
・叙述スタイル:編年体(年代順の歴史叙述スタイル)

(2)『史記
前漢武帝に仕えた司馬遷の作
・叙述スタイル:紀伝体
紀伝体:皇帝の事績(本紀)と臣下の記録(列伝)、年表(表)、諸制度(志)を中心に編纂

(3)『漢書
・班固が編纂した前漢一代の史書
・叙述スタイル:紀伝体

(4)『資治通鑑
王安石のライバル司馬光史書
・叙述スタイル:編年体

(5)『新唐書』『新五代史』
紀伝体史書
・旧法党に属し、北宋の学者・政治家で唐宋八大家である欧陽脩が編集

 

 

 

Ⅱ.科学・技術史

(1)秦漢・魏晋南北朝・唐

①『傷寒論
後漢の張仲景が著した医学書

②『斉民要術』
北魏の賈思勰が著した中国最古の農業技術書

③『水経注』
北魏の酈道元が著した六朝時代の地理書

④唐三彩:緑・褐色・白などの彩色

⑤『茶経』
・唐の陸羽が著した茶道の古典

 

(2)宋・元

①活字の発明:北宋の畢昇が膠泥文字を発明

②陶磁器:江西省の景徳鎮が有名

青磁白磁(宋代〜):装飾を排し、知的な美しさを追求

④染付:元代を代表するイスラーム世界からもたらされたコバルトで青い色彩の白磁

⑤授時暦
イスラーム暦法天文学の影響を受け、フビライ=ハンの命を受け郭守敬が作成
・この授時暦をもとに日本では渋川晴海が貞享暦を作成

⑥回回砲:投石機

 

(3)明代

実学:日常生活に寄与するような学問・経済の発展

永楽帝の命令により編纂された書物:『永楽大典』『四書大全』『五経大全』『性理大全』

③『本草綱目』
・李時珍が著した植物に関する総合書

④『農政全書』
徐光啓が著した農業技術書

⑤『天工開物』
・宋応星が著した産業技術の図入り説明書

⑥『崇禎暦書』
徐光啓の指導のもとで事業が開始され、アダム=シャールが完成させた暦法
・清代に修正されたのち「時憲暦」として施行される

⑦『園冶』
・計成が著した庭園に関する書物

⑧『神器譜』
・張子禎が著した火器に関する説明書

 

(4)明清時代のイエズス会宣教師の活躍

①マテオ=リッチ(利馬竇)
・イタリア出身のイエズス会宣教師
・「坤輿万国全図』:世界地図
・『幾何原本』:古代ギリシアのエウクレイデスの著書『幾何学原本』の漢訳本で
徐光啓と共同で作成

②アダム=シャール(湯若望)
・ドイツ出身のイエズス会宣教師
徐光啓と共同で『崇禎暦書』を作成
・大砲の製造にも従事し、清代では暦作成に貢献し天文台長官にも就く              

③フェルビースト(南懐仁)
・ベルギー出身のイエズス会宣教師
・清の順治帝に招かれて、アダム=シャールを補佐

カスティリオーネ(朗世寧)
・イタリア出身のイエズス会宣教師
康熙帝雍正帝乾隆帝の3帝に宮廷画家として使える
・北京郊外に円明園(バロック式と中国様式の融合)を設計
 →アロー戦争末期にイギリス・フランス軍に破壊され廃墟となる

⑤ブーヴェ(白進)・レジス(雷孝思)
・両者ともフランス出身のイエズス会宣教師
康熙帝の命を受け「皇輿全覧図」(中国全土の地図)を作成

 

 

以上です。

 

大学受験や定期テストに出るかもしれない世界史-「中国文化②芸術史」編

はい、どうもです。

 

ここでは、定期テストや大学受験で出題されるであろう内容をまとめております。

 

今回は「中国文化②芸術史」編です。それでは見ていきましょう。

 

 

 

 

Ⅰ.芸術―文学史・絵画史・書道史

(1)春秋戦国時代

①『詩経
・戦国時代に儒家が編集した中国最古の詩集で、のち五経の1つとされる

②『楚辞』
・戦国時代の楚の政治家、詩人である屈原らの作品を収集した詩文集

③『戦国策』
・戦国時代の各国の歴史を国別に編集したのもで、前漢の劉向が「東周策」「秦策」などにまとめる

 

(2)魏晋南北朝時代

曹操曹丕文人としても名高い

陶淵明(陶潜)(東晋)
・『帰去来辞』(ききょらいのじ)
・『桃花源記』

③謝霊運(南朝の宋)
・山水の美しさを優れた技巧で表現
・『山居賦』

④『文心雕龍』(ぶんしんちょうりゅう)
北魏の劉勰(りゅうきょう)が残した中国最古の文学評論

⑤昭明太子(梁)
南朝の梁の蕭衍の皇太子
・『文選』:周から南朝の梁にいたる詩歌を文体別、時代別に配列
・四六駢儷体の文章が多い
・四六駢儷体:4字・6字の対句を多用し、韻を踏んで華麗な形式を持つ文体

⑥顧愷之(東晋)
・『女史箴図』:現存の作品は唐代の模写と考えられている
・「画聖」と称される

王羲之(東晋)
・『蘭亭序』:行書の手本とされた書跡作品で現存していない 
・「書聖」と称される

 

(3)唐

①閻立本
・唐初の宮廷画家
・『歴代帝王図巻』
則天武后が実権を掌握した時代の宰相

②初唐の三大書家:褚遂良・虞世南・欧陽詢

杜甫
・唐中期の詩人
安史の乱の混乱の中で流浪の生活を送る
・『春望』『兵車行』 
・「詩聖」と称される

李白
・唐中期の詩人
・一時期玄宗に仕える
・『月下獨酌』    
・「詩仙」と称される

⑤李思訓
・写実的な山水画の技法を完成させる→のちの「北宗画」の祖

⑥王維
・唐中期の詩人、画家
・「文人画(南宗画)の祖」
文人画(南宗画):写実にこだわらずに理想的な心象風景を描く 
文人画に属する他の人:李公麟・米芾・牧谿

顔真卿
・唐中期の忠臣、書家
・力強い筆致で知られる書家
安史の乱の討伐で活躍

白居易(白楽天)
・唐後期の詩人、官僚
・『長恨歌』:玄宗楊貴妃についてうたう
・『白氏文集』:のち日本文学にも影響を与える
・『琵琶行』:自身が左遷後に造る

⑨韓愈・柳宗元
・ともに唐後期の文学者
・古文復興運動を進める
・ともに唐宋八大家の1人

 

(4)宋

①詞:中国の韻文の一種で、西域から入ってきた外国音楽に刺激されて作られた楽曲の
歌詞で宋代には上下階層に広まる→宋詞と呼ばれる

②「唐宋八大家」:以下の8人
・唐:韓愈・柳宗元
・宋:欧陽脩・蘇洵・蘇軾・蘇轍・曾鞏(そうきょう)・王安石

徽宗(北宋)
北宋第8代目の皇帝
・文芸を保護し、「風流天子」と称される
・唐の玄宗の時代に出来た翰林図画院(画院)を保護
・『鳩桃図』
・院体画:宮廷様式の絵画で趣味的、鑑賞的様式を持つ
・院体画に属する他の人:夏珪・馬遠・梁楷

文人画:士大夫や文人など非職業画家が描いた画で、南画、南宗画と呼ばれる

 

(5)元

①元曲
・宋代に始まった雑劇が元代に大都で完成した古典演劇

②『西廂記』
・王実甫の作品で、宰相の娘と書生との恋愛をテーマとする

③『琵琶記』
・高則誠の作品で、当時の士大夫階級を批判

④『漢宮秋』
前漢王昭君の故事を劇化した、馬致遠の作品

⑤『水滸伝
北宋末、山東省の梁山泊を根拠地にした108人の豪傑の武勇伝を描く
・元末~明初に施耐庵がまとめた

⑥『三国志演義
・元末~明初に羅貫中が完成させた口語長編歴史小説

⑦「元末四大家」:王蒙・倪瓚・呉鎮・黄公望

 

(6)明

①『水滸伝
北宋末、山東省の梁山泊を根拠地にした108人の豪傑の武勇伝を描く
・元末~明初に施耐庵がまとめた

②『三国志演義
・元末~明初に羅貫中が完成させた口語長編歴史小説

③『西遊記
玄奘のインド求法を題材とした口語長編小説で、呉承恩が完成させる

④『金瓶梅
・明末の口語風俗小説で、作者不詳

四大奇書:明代に完成された上記4つ(『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』)

⑥『今古奇観』:作者不詳

⑦『牡丹亭還魂記』

③董其昌
・明末の画家、書家
・中国絵画の流れを「南北二宗」に分類

 

(7)清

①『紅楼夢
・清代の口語長編小説で、全120回のうち前半80回が曹雪芹の著作、後半40回は別の人に書き足された

②『儒林外史』
・清代の口語長編小説で、呉敬梓(ごけいし)が描く
・儒林:科挙を受験する読書人層を意味する

③『聊斎志異
・清代の文語短編小説集で、著者は蒲松齢

④『長生殿伝奇』
・清代の代表的戯曲
・洪昇が描いた、唐の玄宗楊貴妃の悲哀を主題とし、洪昇が著す

⑤『桃花扇伝奇』
・孔尚任が著す

 

 

以上です。

大学受験や定期テストに出るかもしれない世界史-「中国文化①思想史」編

はい、どうもです。

 

ここでは、定期テストや大学受験で出題されるであろう内容をまとめております。

 

今回は「中国文化①思想史」編です。それでは見ていきましょう。

 

 

 

 

Ⅰ.儒学

(1)儒学の創生(春秋戦国時代)

孔子
・魯の曲阜(山東省)生まれの儒家の祖となった思想家
・特色:「修身・斉家・治国・平天下」
・「仁」:孔子の説の根本概念で、他人への親愛の情
・政治論:周の封建政治が理想で徳治主義を主張
・『論語』:孔子の死後に弟子が編集した、孔子と弟子の言行録

孟子
・特色:性善説を唱える
性善説:人の本性は善であるとする
・覇道政治(力による統治)を批判して、王道政治(徳による統治)を評価
  →易姓革命を唱える
・『孟子』:弟子の教育に専念した時の言行録

荀子
・特色:性悪説を唱える
性悪説:人の本性は悪であるとする
・『荀子』:君主の支配を容認して斉や楚に仕えた時の言行録
・韓非や李斯など法家の思想家に影響を与える

④秦の始皇帝の弾圧:儒家を徹底弾圧(焚書坑儒)

 

(2)儒学の体制内化(漢~隋唐)

儒学の官学化
・目的:国家秩序を維持するイデオロギーとして利用される
董仲舒儒学の官学化を前漢武帝に献言し、「五経博士」を設置
・「五経」:『詩経』『書経』『易経』『春秋』『礼記

訓詁学の発展
訓詁学:漢代から始まった五経理解のための注釈を加える学問
・学者:馬融→鄭玄(後漢時代の訓詁学の大成者)
・『説文解字』:許慎が編纂した字典

 

(3)魏晋南北朝時代

①概観:儒学は沈滞

②背景:後漢の滅亡とそれに続く五胡十六国時代の騒乱

③結果:自由論談・逃避的な「清談」の流行(竹林の七賢)
    →老荘思想の影響強い
竹林の七賢阮籍・嵆康(けいこう)・山濤(さんとう)・劉伶・阮咸・向秀・王戎

 

(4)儒学の復活

①契機:唐の成立・安定

②『五経正義』:唐の太宗の勅令で孔穎達が編纂した儒学経典の注釈文
        のち顔師古も編纂に参加

 

(5)儒学のその後(宋~明・清)

宋学の成立
宋学:宇宙の哲理などの追及を目的とする儒学朱子学ともいう
    訓詁学に対して、宇宙の理法(ことわり)が人間の則るべき規範とする(性理学)
・周敦頤:「宋学の祖」『太極図説』
・程顥(ていこう)・程頤(ていい):理気二元論

朱熹(南宋):「宋学の大成者」→宋学を「朱子学」と呼ぶ
・特色:「性即理」の立場
    「格物致知」:物事の道理を極めて、自分の知識を完成させる
・「四書」を重視:四書→『孟子』『論語』『中庸』『大学』
・「大義名分論」:君臣関係の秩序を論ずる
・「華夷の区別」:漢民族の異民族に対する文化的優越性の主張
・著作:『四書集注』『資治通鑑綱目』

陽明学の誕生
・王守仁(王陽明)によって唱えられた儒学の一学派
・立場:朱子学の外面的事物や知識を通じてのみ理を求める傾向に反対
・陸九淵(南宋):「心即理」(自己の心にそなわるもの)の立場から朱子学を批判
・王守仁(王陽明)(明):「知行合一」(良知と行動との自然な一体化)を唱える。
致良知:先天的に備わっている是非を判断する知をあるがままに発揮することにより、
理想社会が実現される
李贄(李卓吾):明末の思想家で男女同権、営利活動の肯定

 

(6)考証学(明末清初)

①概要:儒学の古典の実証的、確実な文献の収集と厳密な考証
    →朱子学陽明学のように頭の中で理論を組み立てる方法と対照的

②先駆者
・顧炎武:『日知録』
・黄宗羲:『明夷待訪録』
     強烈な反権力思想「中国のルソー」

③その他
・王夫之:『読通鑑論』

 

(7)考証学(清)

①銭大昕:清朝考証学の大家
・『二十二史考異』

②戴震:清代考証学の大家

③段玉裁:清代考証学の大家

④「乾嘉の学」:乾隆帝嘉慶帝の時代に考証学は最盛期

 

(8)公洋学

①特色:五経の『春秋』の注釈の一つ「公洋学」を重視する学派
    社会変革・実践への志向が強い

②洋務運動や変法運動の思想的基盤として影響を与える

 

 

 

Ⅱ.道教・中国仏教・その他の宗教

(1)道教

道教の起源:神仙思想、老荘思想(道家)、呪術

後漢張角太平道、張陵の五斗米道(天師道)

道教の成立
北魏寇謙之が新天師道を設立
        北魏の太武帝が支援
道教寺院→道観という
・『抱朴子』(葛洪)

道教の分裂
・全真教:王重陽(金)が道教・仏教・儒教の要素を入れて創始した
・正一教:五斗米道が改称され、江南で発展した道教

 

(2)仏教

①伝来・普及
・西域を通じて紀元前後に伝来→北伝仏教と呼ばれる
・発展:魏晋南北朝時代
        五胡十六国時代の異民族王朝に保護する者が多かった
・西域僧の活動:仏図澄(ブトチンガ)・鳩摩羅什(クマラジーヴァ)

②インドに渡った僧(順番)
・僧の名前(中国の王朝)/インドの王朝/著作/経路
・法顕(東晋)/グプタ朝/『仏国記』/往路→陸路  帰路→海路
玄奘(唐)/ヴァルダナ朝/『大唐西域記』/往復路とも陸路
・義浄(唐)/分裂時代/『南海寄帰内法伝』/往復路とも海路

③中国仏教の宗派
禅宗北魏末に来た、インド僧の達磨がもたらす
法相宗玄奘が開祖
・浄土宗:慧遠(東晋)が開祖 阿弥陀仏信仰

④仏教遺跡の所在地
敦煌石窟:河西回廊の西端のオアシス都市にある石窟
      千仏洞(莫高窟)と呼ばれる石窟寺院
雲崗石窟北魏の首都平城付近  ガンダーラ美術・グプタ美術の影響を受けた仏像
竜門石窟北魏の新首都洛陽付近 純中国風の様式

 

(3)その他の宗教

景教(ネストリウス派キリスト教)
ネストリウス派キリスト教→エフェソス公会議(431)で異端
ササン朝ペルシア経由で唐代に伝わる
・635年にイラン人の阿羅本が訪問し、唐の太宗から布教を許される
景教寺院→大秦寺
・大秦景教流行中国碑の建立

②ローマ=カトリック
・モンテ=コルヴィノが元の大都で大司教となり布教

ゾロアスター教
・中国名:祆教
・祆教寺院:祆祠

マニ教(摩尼教):ササン朝に生まれ、唐代に伝播

イスラーム教:回教(清真教)と呼ばれる

 

以上です。

 

体調管理にも気を付けておりますか?【大学受験】

はい、どうもです。

 

 

さて、今回の内容は、

「体調管理に気を付けような」という事です。

 

 

 

 

(1)勉強以外に気を付けなければいけない事は?

この時期に一番気を付けなければいけない事は、「体調管理」ですね。

 

ここで考えなければいけない事は、現役生・浪人生に関わらず、ここから毎日が「成長期」となります。

つまり、赤本の点数が徐々に上がってくるので目に見えて成長を実感できる時期に来ます。

 

 

その時に体調を崩すというのは、何日間か勉強することが出来ないので状態になるので

ロスになります。

 

 

風邪なんかもそうですが、最悪1日で治せるような気がしますが、まず風邪はいきなり引くわけではありません。

 

必ず前兆があります。

 

鼻がむずむずする、鼻水が出る、咳・くしゃみが止まらない、微熱がある、腹痛などの症状は、勉強に集中できなくなる理由になりますよね。

 

これで1日ロスです。また本格的に風邪を引けば2日くらいはロスになります。

 

そのあと病み上がりで本調子になるまで2日くらいは見ておかなければいけないので、

1回の風邪で大体5日くらいロスをする計算になります。

 

ただでさえ、受験までの残り日数が少ないうえに、成長期に突入するこの時期に5日間のロスってめちゃめちゃきついと思いませんか?

 

 

身体がしんどくなるだけならまだ良いですが、せっかく今まで続けてきた勉強を中断しなけばいけなくなるのはこの時期には大幅なロスとなります。

 

 

また、これは共通テストや、私立入試、国公立2次試験の話になりますが、受験直前になって体調を崩してしまうと、本来の自分の力が発揮できずに試験を終えてしまいますよね。

 

こうなってしまうと悔やむに悔やみきれません。

 

なので風邪をひかないように体調管理はきっちり行う、これが基本となってきます。

 

 

 

 

 

 

(2)体調管理の基本

体調管理の基本は以下のようにまとめることが出来ると

思います。

 

 

①人ごみの多いところに行かない→他人からの菌の感染を極力減らす。

 

②規則正しい生活→朝昼晩きっちり食べる、特に朝は重要

またこの時期になれば受験生は最後の追い込み期に入るため、睡眠時間が短くなる傾向にあります。

睡眠時間も最低6時間は確保してほしいですが、夜勉強する場合は部屋は暖かくすること。

 

③帰ってきた時・食前の手洗いうがい

→これも大事、特に手洗いは水洗いだけではほぼ意味がない。

手洗いは石鹸をつけてから30秒かけて行うこと。手のしわや爪、手首まで洗って水で流し、きれいなタオルでふくこと。

うがいは、のどを開けて最低でも3回は行う。これも菌を体内に極力入れなくする。

 

④もし風邪かなと思ったら?→これが一番大事かもしれません。
その日に病院へ行って処置をしてもらう。本格的に発症する前に潰していく。

 

 

 

 

ここまでやってください。大学受験においては、体調管理も実力の内です。自分の勉強のほかに身体もマネジメントしていきましょう。

 

 

では、残り日数も少なくなってきましたが、頑張っていきましょう。

大学受験や定期テストに出るかもしれない世界史-「英仏植民地戦争(第2次英仏百年戦争)」編

はい、どうもです。

 

ここでは、定期テストや大学受験で出題されるであろう内容をまとめております。

 

今回は「英仏植民地戦争(第2次英仏百年戦争)」編です。それでは見ていきましょう。

 

 

 

 

(1)そもそも英仏植民地戦争(第2次英仏百年戦争)とは?

1689年~1815年にイギリスとフランスが展開した植民地争奪戦。ヨーロッパでの戦争に呼応し、北アメリカやインドで戦いが行われた。

 

(2)ファルツ継承戦争(アウクスブルク同盟戦争)(1688~1697)

①原因
フランスのルイ14世神聖ローマ帝国のファルツ選帝侯の領土継承権を主張して起こした。

②北米ではウィリアム王戦争(1689~1697)が並行して行われる

③条約:ライスワイク条約(1697)→成果なし

 

(3)スペイン継承戦争(1701~1713)

①原因
スペイン王女が妃であるルイ14世が孫をフェリペ5世としてスペイン王位につけたため、オーストリアがイギリス・オランダ・プロイセンなどと結んで引き起こした

②北米ではアン女王戦争(1702~1713)が並行して行われる

ユトレヒト条約(1713)
・フランスとスペインが合併しないことを条件に、フェリペ5世のスペイン王位継承が認められる
・イギリスはスペインから、ジブラルタル・ミノルカ島を獲得
・イギリスはフランスから、アカディアニューファンドランドハドソン湾を獲得  

④ラシュタット条約(1714)
神聖ローマ帝国(カール6世)と結んだ条約
オーストリアは南ネーデルラント・ミラノ・ナポリサルデーニャを獲得
バイエルン選帝侯のマクシミリアン2世の復帰

 

(4)オーストリア継承戦争(1740~1748)

①原因
マリア=テレジアのハプスブルク家全領土継承にバイエルン選帝侯などが抗議し、プロイセンがこれに乗じてシュレジエンを占領

②対立構造
プロイセン-バイエルンザクセン・フランス・スペイン
  vs
オーストリア-イギリス

③北米では、イギリスとフランス間でジョージ王戦争(1744~1748)が並行して行われる

④アーヘン和約(1748)
プロイセンの勝利に終わる
・マリア=テレジアのハプスブルク家領土継承を確認
プロイセンはシュレジエンを獲得

 

(5)七年戦争(1756~1763)

①原因
シュレジエン奪還を目指すオーストリアプロイセンとの戦い

②対立構造
オーストリア-フランス(「外交革命])・スペイン・ロシア
  vs
プロイセン-イギリス

③北米では、イギリスとフランス間でフレンチ=インディアン戦争(1754~1763)が並行して行われる

④フベルトゥスブルク条約(1763)
プロイセンはシュレジエン領有を守った
⑤パリ条約(1763)
・イギリスはフランスから、カナダ・ミシシッピ川以東のルイジアナセネガル西インド諸島の一部を獲得
・イギリスはスペインから、フロリダを獲得
・スペインはフランスから、ミシシッピ川以西のルイジアナを獲得

 

(6)その他

ヨーロッパ大陸や北米の他に、インドでも呼応して行われた戦いの紹介

カーナティック戦争(1744~1763)
・3回にわたってイギリス・フランス間で行われたインド争奪戦
オーストリア継承戦争(北米ではジョージ王戦争)と七年戦争(北米ではフレンチ=インディアン戦争)と並行して行われる
・当初は、フランス人インド総督デュプレクスの活躍によりイギリスを圧倒したが、結果的にイギリスが勝利し、南インドでの覇権を確立

プラッシーの戦い(1757)
・イギリス東インド会社軍(クライヴの活躍)が、インドのベンガル太守(フランス支援)を破った戦い
七年戦争(北米ではフレンチ=インディアン戦争)と並行して行われる
・イギリスの圧勝により、インド支配における優位性を確立し、ベンガル太守を傀儡化

 

以上です。 

「滑り止め大学には行きたくないんだ!!」という気持ち

はい、どうもです。

 

 

さて、年も明けまして1月に入りました。

 

毎年この時期が来たかーと思うのですが、共通テストまで残り少なくなってきましたね。

 

仕事柄大学受験に携わる機会が多いのですが、この時期は志望校も確定して赤本(過去問)を徹底的に詰めている時だと思います。

 

今回の話は、この時期の受験に対するマインドやメンタルの話になります。なので少し抽象的な内容になる事をお許しください。

 

 

 

 

 

さて、この時期に受験生の皆さんはどのような考えを持って勉強しているでしょうか?

 

「第一志望校へ必ず合格するぞ!!」

 

「第一志望校受かるかな?」

あー入試に対してめちゃめちゃ不安やなー」

 

色々な感情を持っていると思います。

 

 

ここでもう一度考え直さなければいけない事は、

 

「私は第一志望校の大学へ合格する!!」

 

と強く思いながら勉強をすることです。もちろん思うだけではいけませんよ。勉強も同時進行で進めていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

(1)受験に対する心構えをもう一度思い出しておく

大学受験生が入試に対して熱くなれる動機は「第一志望校へ合格したい」という具体的な目標であるとか、その大学に対する憧れから来るものが多いと思います。

 


そしてこの時期に来るもう一つの動機である、

 

「滑り止め大学には行きたくない」

 

「本番の試験がうまくいかなかったらどうしよう」

 

「試験がうまくいかなく「滑り止め」の大学に行かざるを得なくなったらどうしようか」

 

という恐怖も試験直前の受験生には襲い掛かってくると思います。

 


残り1ヵ月しかない状態で勉強に対して気を抜いてしまったら志望校へは合格することが出来ない、滑り止めの大学へ行ってしまうかもしれない、そのような追い詰められた恐怖も受験生に対して勉強させる動機に繋がっていると思います。

 

 

 

 

 

 


(2)受験校に対して自分のプライドを持つことが大事

全国の大学受験生にとって、「許容できる大学」と「許容できない」大学があると思います。

 

私自身の大学受験を振り返ってみると、関関同立レベルの大学を志望していて、実際にそのレベルの大学に合格したので、これで十分だと考えていました。

 

私にとって大学受験は、浪人はしましたが、最終的にはとても良い結果になりました。

 

 

ですが、受験生の中には

 

東京大学以外は大学ではない」

 

と考えている人がいたり、

 

「早稲田慶應以外は大学じゃねぇ」

 

関関同立未満は大学じゃねぇ」

 

と考えている人もいる様です。

 

 

私自身はこのように考える受験生に対して、「傲慢だな」であるとか「時代遅れだな」などと言うつもりはありません。

 

受験生個人個人によって許容できる大学は違いますし、むしろそれだけ自分自身のプライドをかけて目の前の目標に対して努力をしているのだと解釈をします。

 

どの大学に対しても、自分が第一志望校と定めた大学に対しては、これくらいのある意味での傲慢さや自分自身のプライドは最低限持って欲しいと思いますし、第一志望校合格へ向けて、努力をするべきだと思います。

 

 

 

 

 

 

(3)一方で押し寄せてくる不安

どの受験生も今の時期は、漠然とした不安や、残り1ヵ月しかないという時間の無さや、模試での成績をもとにした高校での三者面談の結果などで追い詰めれらているのではないか?と思います。

 


その時に

 

「自分が第一志望校としていた大学に本当に合格することが出来るのか?」

 

といった不安がものすごく大きくなります。

 

 

 

そして、自信がどんどん無くなってきます。

 

 

この時に思い出して欲しいのが、

 

「第一志望校へ必ず合格する」

 

という気持ちももちろんそうですが、

 

「滑り止めの大学には絶対に行きたくない!」

 

という気持ちも持つことも大事だと思います。

 

 

 

「滑り止めの大学には行きたくない」という思いが強ければ強いほど、大学受験生は勉強に対して、正面から立ち向かうことが出来るのだと思います。

 

 

 

「自分が許容する大学以外は認めない」、

 

何なら

 

「どうせ行きたくもないから滑り止めの大学は受けない」

 

という姿勢、背水の陣の姿勢で大学受験へ臨む受験生の方が、良い結果が出る場合が多いです。

 

 

いちばんだめなのは、ここで

 

「第一志望校へ行けないか」

 

と諦めて、本来自分の滑り止めの大学であったはずの大学を第一志望校にすることです。

 


このような気持ちで逃げ道を作ってしまったら、本来は「滑り止め」のはずだった大学にも合格せず、さらに下の大学にも合格することが出来なかったという事にもつながります。

 

 

先ほども書いたように「滑り止め大学には行きたくない」という気持ちは傲慢ではありません。これは生徒個人の思いやプライドなどの大きさによって変わってくるところだからです。

 

 

 

 

 

(4)最後に

受験生の皆さんには、もう一度考えていただきたいと思います。

 

「第一志望校合格という目標から逃げていないか?」

 

「滑り止めの大学で良いかと妥協していないか?」

 

「合格しないからとハナから勉強を諦めていないか?」

 

 

 

このような考えを持っている受験生は今すぐに捨て去ってください。受験はもうすぐそこまで来ています。引き続き勉強を進めていきましょう。

大学受験や定期テストに出るかもしれない世界史-「契丹・西夏・金」編

はい、どうもです。

 

 

ここでは、定期テストや大学受験で出題されるであろう内容をまとめております。

 

 

今回は「契丹西夏・金」編です。それでは見ていきましょう。






契丹(キタイ)(遼) (916~1125)
(1)民族:モンゴル系契丹
(2)建国者:耶律阿保機
(3)首都:上京臨潢府
(4)中国(北宋)との和議:澶淵の盟(1004)
北宋が遼に毎年絹20万匹、銀10万両を送る
北宋が兄、遼が弟の関係とする
(5)契丹文字の作成
漢字をもとに作られた大字と、ウイグル文字の影響で作った小字からなる
(6)二重統治体制の実施
狩猟・遊牧民には部族制を取り北面官が統治
農耕民には州県制を取り南面官が統治
(7)北宋と金によって滅ぼされる(1125)
    →遼の皇族耶律大石は中央アジアに逃れて西遼を建てた

 

 

 

西夏(大夏)(1038~1227)
(1)民族:チベットタングート人
(2)建国者:李元昊
(3)首都:興慶府
'4)中国(北宋)との和議:慶暦の和約(1044)
北宋に臣下の礼を取る事と引き換えに歳賜として絹・銀・茶を獲得
(5)西夏文字の作成
漢字の要素を組み合わせた文字





・金 (1115~1234)
(1)民族:ツングース女真族
(2)建国者:完顔阿骨打
(3)首都:上京会寧府
(4)中国(南宋)との和議:紹興の和約
①臣下の礼と歳賜を受けた
(5)女真文字の作成
契丹文字漢字をもとに大字が作られる
(6)二重統治体制の実施
行政・軍事組織である猛安・謀克
華北では州県制を実施




以上です。